日記

日記「今の自分は出会った人のクセでできている」

ある一定の時を長く一緒に過ごした人の癖は移る。

例えば、私はTAKE OUTのサラダを頼む時、

「ドレッシングは別添えにすることができますか?」

なんていうことを聞いてしまう癖がある。

長く付き合っていた彼が、大のマヨネーズ嫌いで、大のチーズ嫌い。

シーザーサラダはもっての外・・・

マヨネーズ系のドレッシングを避けていたからだ。

その習慣のせいか、今でもドレッシングはいつも手作りだ。

私は、マヨネーズは結構好きな調味料ではあるのだが、サラダには手作りのドレッシングが心地いい。何だか不思議である。今日も何の気なしにホワイトバルサミコ酢でドレッシングを作っていた。

別れて、いくらかの時が過ぎようとしているが、彼の好き嫌いやクセのような習慣が、自分の中に残っていることに気づくと、空いてしまった心の穴が埋まらないことを否応なく知る。

お互いの道を歩き始めてから、別に好きな人もできたし、決して引きずっているわけではない。

年齢的に若く、学生時代の頃から知っている関係性で、社会に出てからも見ること、聞くこと、仕事で行った場所など、人生の大半を占めるであろう「吸収の時」を一緒に過ごしたことは大きく、その時の習慣やクセはお互いに移っているのであろう。

彼とはとにかく、学生時代から、いろんな話をした。

大学生の頃の私は、とにかく受験勉強で失った好きな読書の時間を取り戻すために、ひたすらに文学作品を読み漁っていた。

戦後の日本文學界代表する作家・三島由紀夫氏の小説は、文章によって、私の頭の中に建設的に生まれる映像がやけに現実的な世界であったり、色が鮮明に見えたりと、私を異様に惹きつけるものがあった。

特にその色が見えた三島作品は、『豊饒の海』シリーズ。

日本が明治から大正へと移る様子、その頃の皇室出身者の女性の着物の綺羅びやかな様子・・・

こんなにも日本を美しく文章で表現できる人がいるのかと、その繊細でいて強い文章の対なる魅惑に引き込まれた記憶があります。

今、思えば、「対の問題」を意識し始めたのはその頃だったかもしれない。

生と死

文と武

言葉と肉体

悲しみと美しさ

時代は変われど、何事にも表裏があり、対の問題はある。

Cattedrale di Santa Malia del Fiore

「対の問題」に興味関心を持ち始めた頃に出会った小説がまさに、男女の心の対の小説ともいえる辻仁成さんと江國香織さんの小説『冷静と情熱のあいだ』であった。

『冷静と情熱のあいだ Rosso』は女性側の視点から、江國香織さんが書いたもの。

『冷静と情熱のあいだ Blu』は男性の視点から、辻仁成さんが書いたもの。

一つの物語を同じ時系列で男性と女声の視点から、同時に進行する小説というのは、本当に初めてで、時間と感情によるすれ違い、お互いに新たなパートナーがいたりと、対の問題が次々にある作品。

小説を読むのが苦手な人は、映画にもなっている作品なので、Amazonなどで映画『冷静と情熱のあいだ』を見るのもいいと思う。

空いてしまった心の穴というものは、時に自分に深く問いかけてくる。

今の自分は、きっと今まで出会ってきた人のクセや習慣が否応なく染み込んでできた自分であるからかもしれないけれど、自らの決定で新たな自分に出会えることも真実である。

今、何をするか?

明日、何をするか?

この選択が未来の自分を作ってゆく。

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yorie
「素敵な人になるために、どう生きるか」をテーマとして、少しづつ自分流に生きる日常のことを言葉にして発信しています。